どんな映画でも面白く観てしまう元気で天真爛漫な映画ファン(俺)が、ほのぼのとした語り口で映画感想文を綴ります。

今世紀最高のハッピーエンド映画『ミッドサマー』は、ディレクターズ・カット版も傑作!

2022/05/13
 
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アリ・アスター監督は、いま世界一信用できる映画作家だ。俺の中で。

 

近年のオカルトホラーの中でも名作中の名作と名高い、監督第1作目の『ヘレディタリー/継承』といい、何がいちばん恐ろしいか? ってことをちゃんとわかってる人。

 

ヘレディタリーは、物語の怖さはもちろん、展開が始終むちゃくちゃ不穏で、いやーなバイブスが2時間ずっと持続しているという邪悪な作品だった。

 

長編2作目の『ミッドサマー』も、そのお得意の「邪悪さ」や「不穏さ」「不気味さ」なんかが全編通して溢れ出ており、映像はしこたま明るくて美しいのがまた「狂気」に繋がっているのが凄い。

 

で、この作品が魅力的なのは、“都会から来た若者たちが田舎でひどい目にあう” という、ホラー映画としての基本的体裁が成されている王道の展開なのに、最終的に「めでたしめでたし」って言いたくなるほど、着地点が鮮やかなところ。

 

アリ・アスター監督はこの作品を「恋愛映画だ」とコメントしているが、まさに主人公である女子大生ダニーの恋愛物語として見ると、これ以上ないほどのハッピーエンドとなっているのだ。

 

表面上は “悪夢” だが、また別の視点では “救い” の物語でもあるという。

 

鑑賞後にこうして「相反する解釈が得られる」という部分の面白さにハマってしまった人が続出して、永遠に語り継がれていくであろう作品だ。

 

で、この作品は後にカットされたシーンが23分追加されたディレクターズカット版も公開されていて、これがまた世界観がさらに広がる凄い作品になっているから面白い。

 

ダニーとクリスチャンの関係性の変化を、さらに詳しく知ることができるシーンが追加されており、加えてホルガ村の様子や村人の考え方などが伝わるシーンがあったり、ラストの見え方というか、ダニーの最後の決断がより一層、説得力ある感じになるので観る価値がバリバリあるのだ。



この映画の好きなポイント① 美術と音楽

この映画、惨劇の舞台となるホルガ村の作り込まれた世界観、美術的なこだわりが本当に素晴らしい。

 

村にあるさまざまなオブジェやアート、ファッション、そして儀式全体のイメージ。

 

この場所が「独自の文化圏」であることを、ヴィジュアルだけで理解させてしまうディテールの細やかさ。

ここが「異世界」であることが丸わかりなアートワークこそが魅力だ。

さらに、この作品を語る上でもっとも話題に上がるポイント、「真昼間に笑顔の人の好い村人たちによるCHAOSな宴」というクレイジーさも見どころのひとつだ。

 

個人的には音楽も最高にヤバイと思っていて、特にタイトルクレジットで、家族を失ったダニーの苦しみの泣き叫び声&ヴァイオリンの不協和音という不吉すぎるオープニング。

最初の5分で観客に“覚悟を極めさせる作り手の強い意思を感じて、めちゃくちゃ身構えてしまった。

 

 

この映画の好きなポイント② フローレンス・ピュー様

 

今や若手ナンバーワンと名高い主演のフローレンス・ピュー様の演技があってこその『ミッドサマー』だと思う。

 

彼女の演じる主人公のダニーは、最初から神経がすり減ったメンヘラぎみの様子で、彼氏の前で気を使いながら無理して振舞っているギリギリな感じがとても危うい。

 

その彼女が、ホルガ村に行ってからの少しづつ変わっていく様子、その異質な風習に恐怖や不安も覚えつつ、この場所に自分の居場所みたいなものを見出していく。

 

自分の中での、彼氏に対する葛藤とか不満とかを押し殺して、なんとか関係を持続させようと必死であることを、動きと表情だけで表現しているのが圧巻で、まさにこの映画はダニーをフローレンス・ピュー様が演じてこそ成り立ったんじゃないかと思ってしまう。

 

いちばん好きなシーンは、ホルガ村の夏至祭のメインとも言える「ダンス合戦」のシークエンスで、若い女性限定の参加型の盆踊り的なイベントだが、ダニーが徐々にトランス状態に入っていく様子がめちゃくちゃ丁寧に描かれていて緊張感があった。

 

心が病んだダニーが、この普通だったら逃げ出したくなるほど狂った村で、どう変わっていく様子、心境の変化の過程の説得力こそが、フローレンス・ピューの優れた演技力の証明でもあるのだ。



まとめ

 

バカンスでやってきた、世界から隔絶された場所は、常識が通じない世界だった! というホラー映画はたくさんある。

 

この作品も、ホルガ村の夏至祭の「ヤバイ儀式」を目の当たりにして、自分の信じて来た道徳や社会的な常識とは違う、そこの独自の文化、一般的な社会からかけ離れた環境の「常識」の中に投げ出されたときの恐怖と不安感こそが、この手のホラー映画の本質である。

 

しかし、我々の価値観で見たら、かなり残酷で非道徳的なしきたりに見えるが、ホルガ村の人々にとっては、それが常識であり正しい文化なのだ。

 

どちらが正しくてどちらが間違ってるなんてのは誰にも決められない。

 

そんな田舎ホラーの中でも、この作品が圧倒的に面白いのは、やはり主人公ダニーがこのホルガ村の環境で心を再生していくところだろう。

 

残酷で非道徳的な世界の中で、自分の中の信じて来た「常識」や「モラル」を破壊されたダニー。しかし、ダニーは現実社会ですでに絶望を経験していたことで、自分の価値観を見直すことが容易だったと言えるだろう。

 

絶望からはじまったダニーが、めちゃくちゃ自由で平等なホルガ村に順応していき、村のルールや共同体としてのキマリをみんなで共有することで「孤独感」がなくなる心地よさを経験してゆく。

 

絶望の慟哭で始まったダニーの物語は、ラストですべてから解放されたかのような笑顔で終わる。

 

よってこの作品は、ハッピーエンド以外のなにものでもないのだ。

 

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