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【2.19後楽園】ダンディーすぎるレフェリー、タイガー服部さんの引退について

 
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「タイガー服部さんカッコイイなあ」

と、2.19後楽園ホールにて開催された『タイガー服部レフェリー引退記念大会』の中継を見ながらカミサンが言った。

嫉妬深さには定評のある俺ですら、その言葉を聞いて肯定&納得せざるを得ない。

タイガー服部さんのダンディーな魅力、未知のフロンティアを開拓してきた男ならではの精悍な佇まい、何もかもを包み込むかのような優しさに満ちた笑顔。

男にとっても憧れと尊敬を覚えずにはいられないタイガー服部さんに魅力を感じないオンナなどこっちから願い下げである。

俺の目指す理想の男の完成形はタイガー服部さん。

とりあえず俺も名前をデヴォン服部に変えるところから始めなければなるまい。

実に40年以上のキャリアでプロレス界を支え続けたレジェンドレフェリーのタイガー服部さんがついに引退。

 

服部さん「孫も二人いるしさ、スッカリおじいちゃんだよ(笑) ここ数年は「そろそろだな」ってずっと考えてたし。さすがに74になれば、身体はボロボロ」

 

選手の邪魔をせず、カメラの邪魔もせず、目立たないところで試合を見定め、素早くカウントをする。

目の前で行われるプロレスに合わせた動きと立ち位置、状態の判断力と臨機応変な対応力。

狭いリングの中を誰よりも広い視野で見守る仕事。

レフェリーという存在は、プロレスの華やかな部分とは真逆の裏方的な役割かもしれないが、だからこそ知識やスキルを求められ、何よりも経験がモノを言う難しい仕事なのだろうね。

一流のレフェリーともなると、リングに上がる選手たちのコンディションを把握していたりと、多くのプロレスラーにとって頼りになる存在だったのは間違いない。

そのへん、引退セレモニー時のオカダ・カズチカの無邪気な服部さんとのじゃれ合いなんかを見ていると、日ごろの選手たちとの絆の深さが伝わってくるではないか。

 



とはいえ特に思い入れはないのである

 

プロレスを観戦する上で、レフェリーに注目するなんて状況はまずないわけで、俺なんかはどちらかというとレフェリーにイライラすることのほうが多かったりする。

「おい、どこ見てんだよ」とか「とっとと反則とれよ」とか「なんでそんな巻き添えになりそうなとこに立ってるんだよ」とか、推しの選手が負けそうになった試合ではほとんどレフェリーのせいにしたりしているわけだが。

まあそれもプロレスの楽しさなんだよというのはわかった上でイラついているのは間違いないし、逆に「レフェリー、いい仕事するじゃん!」なんてときは、推しが思いっきり汚い手で勝利したときだったりするから勝手なものである。

プロレスにおけるレフェリーってのは、ルールを司る審判でありながらも試合のギミックのひとつでもあるわけで、「目立たないように」というのは当たっているようで間違ってもいるから絶妙だよね。

つーわけで、要するに俺はタイガー服部さんの仕事ぶりなど今まで注目したことなかったし、思い入れもまるで無かったりするのだ。

たとえば、タイガー服部さんは長いキャリアの中で、海外コーディネーターとして多くの有能な外国人選手を新日本のリングへと上げてきたとのことだが、それもまた裏方的な役割ゆえに大っぴらに語られることはない偉業だ。

「あの選手の試合が見られたのは服部さんのおかげだ」といった気持ちもあまり無くて、言われて初めて「そうだったのか」といった驚きがあった。

とにかく、服部さんの言う「試合の邪魔をしない、選手の邪魔をしない」というスタンスがブレていなかったゆえに、俺たちは今まで服部さん自身に注目することもなく、試合そのものに集中できたのだろう。

これほどまでのレジェンドであり、長々と新日本プロレスのマットを支えてきた方だというのに、ファンは服部さんが手がけた偉業の数々をほとんど知ることがないというところもクールだなと思う。

だからこそ、今回の引退興行がとてつもなく特別なもので、そのぶん感動も大きいのである。

 

 

引退セレモニーで垣間見える深い歴史

 

メインイベント終了後、ロスインゴの面々と拳を高く掲げ、オカダをはじめとしたCHAOSメンバーやライガー、棚橋ら本隊メンバーから花束贈呈を経て、服部さんの歴史の深さを象徴するようなゲストたちが登場する。

ザ・グレート・カブキ、馳浩、武藤敬司、長州力といったレジェンドたちが続々とリングに上がり、さらに天龍さんや猪木さんのVTRも流れるなど、後楽園ホールを包む異様な興奮。

長い間プロレスを楽しんできたファンだけが味わえる至福の瞬間である。解説席に金沢さんや山崎さんがいることからもわかる通り、この日の興行は新日本が歩んできた「歴史」を振り返り、それに感謝するための大会でもあるんだね。

 

服部さん「今日は、コロナという不気味なものにも負けないで、これだけの人が来られて、本当に感謝しております」

 

記念すべき引退興行のマイクの第一声で「コロナ」というワードが出てきてしまうあたり、いま日本国内全体が大きな不安感に包まれていることを象徴していて非常に悲しいが。

そんな病原菌の心配などない世界で、引退興行をやりたかったんだろうな。

 

服部さん「自分はこの “ユニークなスポーツ” に出会えて、一生、プロレスというものを愛して、だけど、自分の人生のような感じがします」

 

プロレスを “ユニークなスポーツ” と表現する感じ、とてつもなく「愛」を感じる。

「素晴らしいスポーツ」とかありきたりな表現ではなく、ましてや「ハードなスポーツ」とか「過酷な」でも「厳しい」でもなく、「ユニークな」というワードを入れてくるのがステキ。

 

【ユニーク】=「唯一の、他に類を見ない、独特な」

 

まさに新日本プロレスを表現するのに相応しい表現な気がする。

 




インタビューでの、もっとも心に残った試合は? という質問に対して、服部さんはこう返す。

 

服部さん「北朝鮮の平壌で、猪木さんとフレアーの試合はやっぱり、『何かすごいとこ来てレフェリーやってんな』っていうのは感じた。初めてだし、(プロレスを)見たこともない人ばかりだし、あの大観衆で『こういう国もあるんだな』っていうのを実感しましたね」

 

1995年4.28&29の2デイズで開催された、北朝鮮・平壌での『平和のための平壌国際体育・文化祝典』

俺も学生時代にレンタルビデオで借りて見た記憶があるが、この大会の異様な熱狂の雰囲気をいまだに覚えている。

しかも、メインイベントであるアントニオ猪木 VS リック・フレアーの試合でレフェリングしていたのがタイガー服部さんだったことを、恥ずかしながら今の今までまったく知らなかった。

ちなみにこの興行は、2日間で計38万人を動員したとか言われているらしいが、百戦錬磨の服部さんの長いキャリアの中でも、やはりとてつもないインパクトの出来事だったんだね。

そう思うと、新日本プロレスが歩んできた歴史って、ほんと服部さんの言う通りにユニーク、つまり他に類をみない凄い歴史だったんだなあなんてことを改めて感じてしまうのであった。

最後のテンカウントゴングが打ち鳴らされ、場内にマサ斎藤さんの入場テーマ曲の中でのコールがタイガー服部さんを送り出す。

 

レジェンドレフェリー、タイガー服部!

 

またひとり、レジェンドと呼ばれる存在が現役を退いた。

これもまた、プロレスファンが見届けるべき別れなのだ。

時は流れ、新しい時代がはじまり、歴史は紡がれる。

今の最高の新日本プロレスがあるのは、レジェンドたちの偉業の賜物だ。

タイガー服部さん、本当に、ありがとう!

 

 

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Comment

  1. ogotch より:

    格闘競技に関わるレフェリーって
    物凄く重要なんですよ。

    試合において、選手というものは
    本来ならマイッタが必要な場面で
    「しない」人も出るんです。

    そこで「止める権限」を持つのは
    レフェリーしかいません。

    服部さんは軽量級のレスラーとして
    「猛者(もさ)」として知られてる
    有名選手のお一人ですから。

    選手の限界を知った方が、試合を
    管理しているのは、やる側として
    とにかく安心なんですよ。

    柔道の試合でヘボ審判がいて
    関節技が入った時に止めずに
    選手は折るしかなかった事が
    実際にありますから。

    新日本プロレスで、服部さんが
    試合を裁いているということは
    非常に大きかったと思いますよ。

    • devonyamaoka より:

      どうも! そうですよね、格闘技のレフェリーはマジで止め時がほんとに重要だし、経験と判断力がモノを言う世界。タイガー服部さんは自身も闘いに身を置いていたからこその多角的なレフェリングが出来る人だったんだろうなと。そういう意味で選手のコンディションを見る目も確かだったと思いますし。凄い人だったんだなと、引退時にその偉業を改めて思った次第です。ほんと、お疲れさまでしたって感じです。

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